マイナスの感情を抱えている時間がないという状況

仕事関係のことですごくモヤモヤしたことがあって。


愚痴が言いたくてしょうがなくて、仲の良い人たちと会う前に、何をどの順に、どこまで話すかまで考えてからみんなのいる食事会に向かいました。

 絶対に自分に味方してもらえるような完ぺきな台本が頭の中にあったから、早く言ってスッキリしたかった。

でも、いえなかった。


いえなかったというより、言う暇がなかった、そして言う必要がなくなった。

みんなの話があまりにもくだらなくて楽しくて、わざわざマイナス感情を抱く話で水を差したくなかったんだよね。


そこでやあっと気づいたんだけど、

楽しいことをしている状況では愚痴を言う暇がないということ。

それと、ストレスが解消されて、愚痴自体言う必要がなくなるってこと。


私は自分とは別の考え方の人の愚痴をきくと、つい反論したくなってしまって、でもそんなこと言う必要ないし言いたくもないから、一人で悶々として黙ったまま怒ったり疲れたりしている。


だけどこれほんっっと時間の無駄だなと思っていて。

でも今回気づいたことによると、楽しんでる人は愚痴は言わない、愚痴を言っている人は人生を楽しめていない。


ということなので、まず自分が愚痴を言わなくて済むためには楽しむこと。限られた自由時間を愚痴を言う時間に割くのはもったいなさすぎる。


だからこれからは愚痴を言いたくなったら仲のいい友達と愚痴なしで楽しく過ごしたり、映画を見たりしようと思って。


それから、愚痴を言っている人を見てイライラしてしまった時は、あぁあの人いま楽しくないんだかわいそうに、、と哀れんで少し優越感に浸ったりなんかして、まずは気持ちを落ち着かせる。


そのあとちゃんと自分が楽しむこと。

それが大事だなぁ。


自分が死んだらどこに「出る」か問題


別に死にたいわけじゃないんだけど最近こんな事を考える。


自分がもし不慮の死を遂げて、死んだことに気がつかず、或いは気がつきながらも現世でやり残したことがあり、どこかに化けて「出る」としたら、どこに出るか。


死んだ場所もしくは思い入れの強い場所に現れるのが一般的かなとは思うんだけど、自分が死んだ場所に出るシステムなら出る場所を自分で選べないし死ぬまでわからないなら今回そこについては置いておくことにする。となると次に考えなくてはいけないのが、


私の思い入れの強い場所ってどこ?


ということ。


小学生の頃に東京から親の実家の東北へ戻り、高校卒業と同時に再び東京へ戻ってきた私は、ここ数年で田舎で暮らした年数を東京で暮らした年数が上回った。


でもやっぱり地元と呼ぶのは東北だし。

言葉もすっかり東北訛り、そもそも両親共に東北出身の生粋の東北人である私だから、化けて出るのは「地元」なんだろうか。


もし地元に出るのであれば、実家から徒歩数十秒の海に行きたい。

死んで、時間の流れなんか気にせず、ただぼうっと立って、ただ存在しているだけ。

もしかすると死んだあとはあとでまためんどくさいルールに縛られなきゃいけないのかもしれないけど、それがないならやっぱり海がいい。

何気なく立ち寄って、カモメの声と波の音を聞くのが好きだった。


ありきたりな言葉だけど、海を前にすると自分の悩みがほんのちっぽけに感じる。

全てをゆるし、だけど全てを許さず、海は優しくもあるけどとても怖い存在だとも思っていた。人間の力では絶対にコントロール出来ない海に、自由と怖さを同時に感じてました。


そんな海なのできっと幽霊には人気スポットな気がする。

近所のおばちゃんとか海にいたら、狭い世間の田舎なのでみんな知り合いでちょっと気まずい。ぼうっとできないじゃん。


それなら次の候補は東京かな。


先月まで住んでいたアパートがある。

上京して、10年近く住んでいた。


10年も住んでいたらお付き合いした男性も何人かいた。相手が変わっても家は変わらず。

色んな思い出があるなぁ。と思う。

人生で一番長く住んだ家かもしれない。


自分が死んだ時もしもさみしいきもちを抱えていたら、もしかしたらそのアパートに化けて出るのかもしれない。


ただしその頃には別の住民が住んでいる場合があるのが1つ問題。

共同生活かぁ。思い出の部屋を全然違うレイアウトで家具を置かれ、知らない人間が寛いでいる。

そうなったらわたしも例によってポルターガイストを起こしたりラップ音を鳴らしたり、時には自分の姿を見せて住民を追い出すのかもしれない。

そう考えると、化けて出てくる幽霊のきもちもすこしわかるような気もする。



今の家は引っ越してまだ数ヶ月も経ってない。


ただし住み心地はバツグンなので時々寛ぎに来るかも。まだ愛着もそこまでわいてないので、他の人が住んでいても知人の家に遊びにきた感覚で少しおじゃましたいなという気持ち。


1日のうちを長く過ごしているところに「きもち」が残ってしまって霊になる可能性も考えてみる。


そうなると布団だ。

いままさにケータイをぽちぽちしているここ。

布団の上に化けて出るならどうせなら寝ていたい。

だけど横になって寝ている幽霊なんて聞いたことないな。


あともう1つは会社のデスク。


これが一番怖い。


今の事務仕事はかなり集中して取り組んでいるので、放っている念、きもちも強いような気がする。

トイレや少しの雑用以外の就業中、ずっとそこにいる。一畳もないそのスペースに、ずーーっと座っている。お昼もそこで食べてるし。

一番ここに出る可能性が高いような気がして、ちょっとうんざり。

一体1日の何割をこの両手の範囲内のこのスペースで過ごしているのか。うーん、数えたくない。


死んだあとも朝タイムカードを押したりチャイムの合図で立ち上がったり、そんなことをしそうな気がする。

だけどもし、次の担当が同じ席にすわることがきまったら、同じ席に座ってくれたら、わたしの席はもうそこにはない。わたしはそうなってやっと安心して退社できるような気がする。退社と、成仏。


そしたらめでたしかな。